2008年03月13日

ファベーラ(貧民屈)で育った大家族の大黒柱


元鹿島のダ・シウバを覚えているだろうか?

名門サンパウロFCから鹿島にレンタルでプレーしたダ・シウバことシュンビーニョは今、ブラジルで何をしているか。

彼は幼少からファベーラで育ったが、僅か16歳にしてサンパウロFCとプロ契約を結び、親と残り6人の兄弟の生活をささえる大黒柱となった。その貧困から脱出するには、やはりブラジルもフッチボウという夢を叶える1つの大きな手段である。

その才能は、サンパウロFC以外の名門クラブも注目していた存在で、サンパウロFCの関係者もその才能は誰もが認めていた。ただ決まって彼の話がでると、直接指導にあたるコーチから常にため息が出る。
「シュンボ(愛称)?困ったものだよ。オフ明けに実家からクラブへ戻ってきたやいなや、リハビリ室に入ったままでて来ないよ(苦笑)才能は申し分ない、しかしその才能を活かすハートが足りないよ彼は」と首をかしげる。彼を良く知るもう一人のコーチは「シュンビーニョは怠け者だよ」と呆れていた。

サンパウロFCで数々の問題を起こしながら、トップチームの監督に就任したパウロアウトーリ(元鹿島監督)が彼をトップのメンバーに抜擢し、チャンスを与え、さらにシーズン終了後に鹿島で自分が指揮をとりだした後、彼を日本に呼んだ。
名門クラブ、サンパウロFCにはどれだけ才能溢れた選手がいるだろうか?
彼の後ろを追い、列をなして待っている若者が大勢いる中で彼はその選手達を凌いでパウロの後を追った。

日本でも彼のプレーは決して劣っていなかった。確かにインパクトとしては物足りないとは思ったが、トップと中盤の底のつなぎ役としてワンクッション置きチームのリズムを落ち着かせていた印象が残る。

パウロが鹿島を去り名門クルゼイロの監督に就任が決まった後、サンパウロでは先輩にあたるファービオ
が鹿島からそのままパウロに連れて行かれ、共にクルゼイロで仕事をしたが、シュンボは呼んで貰えなかった。パウロの信頼を損ねる行動をしていたらしい。

帰国して、現在のトップチームの監督を不動としているムリッシ・ハマーリョからお呼びが掛かったが、ここでもムリッシの怒りを買いトップチームを出入りすることはできなくなった。
その後、パラナ州名門クリチーバ、サンパウロ州1部のヒオクラーロ、ポンチプレッタ、そして最新クラブとしては元横浜フリューゲルスの選手だったキャノン砲FKを持っていたエドゥー・マランゴン率いるヒオクラーロに戻り、このチームのエースとして活躍していた。というのもこれも過去の話となってしまった。

実は彼は、このクラブのオーナー(韓国人の財産家)に大変気に入られ、このほど彼の権利を保有しているサンパウロFCと私達が持つ30%の権利を譲渡して欲しいという話が来て落札寸前であった。
既に値段交渉も済み、サンパウロFCの承諾も得てサンパウロにしてみれば物凄く安い値段となってしまったが、彼の今までしてきた問題は選手価値を物凄く下げたし、このまま彼を束縛しても残り権利期間2年の間に高値がつく保障はかなり薄くなってきたのを感じたのであろう、彼の譲渡を受け入れていた。
彼はこのチームでは英雄扱いであったという。オーナーからファン、マスコミまでがヒオクラーロの救世主としてもてはやしていた。既に得点王争いにも絡み、CK、FK、PK全て彼が蹴ったという。
ちなみに現在のサンパウロ州選手権1部リーグの得点王争いには、同じく元鹿島で干され組みにいたかつてのゴールゲッター、アレックスミネイロがパウメイラスで食い込んでいる。大活躍している。
もう1人ついでに、Fマリノスでは全く使われなかったマルクスもジュベントスというチームでゴールを重ねている。
Jで活躍したブラジル人助っ人にまざり彼はこのチームで奮起していたやさきの事件である。

渡るクラブ、クラブで監督に対していらないことをしてきてお払い箱になっている彼でも、このクラブのオーナーはかなり寛大に彼を受け止めていた。家、彼が乗り歩く新車、クラブではトップレベルの報酬。
その他にもオーナーのポケットマネーで他にかかる経費についても別途で面倒見ていた。

オーナーが彼を譲渡してもらうための費用を韓国に都合つけに帰国している間に、金銭のトラブルを起こしオーナーを憤慨させ、信用を一気になくした。おまけに、彼の実家があるサンジョゼに戻り、バーベキューを楽しみ、それにふけり翌日の練習に参加せずにエドゥーの怒りを買い、別メニュー。
反省するどころか、監督をオーナーに言って首にするように伝えるような態度もとったという。

現在クラブは2部降格は必至で、状況は最悪。こんな時期に自ら問題を起こす選手など誰も買いたいとは思わないだろう。オーナーの怒りは収まらず、新車は剥奪、給料は3ヵ月までの支払いで終了、当然今回の話は無かったことになってしまった。

彼にとって、このクラブが最後のチャンスであったと思う。ただサンパウロFCは彼に相当の投資をしてきているからなんとかしてあと2年でけりをつけなくてはならない。

才能の裏には大きな陰がある。本来であれば、彼はサンパウロFCのメンバーに入っていたのだから本当に勿体無い限りなのだ。才能はカカまではいかなくても、それに近いものがあるというが、中身は「オカカ」にもならないほど薄っぺらなものであることは、日本にいた時もそのような行動を頻繁にしていた。

スラム街から才能が開花し、サクセスストーリーに乗り始めたのだが、それをコントロールするハート、ブレインがない。少なくても日本の若くしてタレント性を見出された選手もこのような問題でトップに上がってこられなかった選手は少なくないと思う。

少なくともシュンボの場合は、16歳以前で既に中身は形成されていたと思うので、もっと早い段階から周囲に教育されていれば、サンパウロFCに入団した時は既に紳士な大人になっていたはずである。

私が常に、育成年代の選手達に言いたいのはここである。才能があっても、その才能を活かす脳とハートがなくては成功しないし、長続きもしない。決してその才能におぼれてはならないとね。
勿論、才能が前提になるけれど、彼の場合の才能は一流になる軌道の才能で、そう簡単にお目にかかるものではないというものだ。そこにはいつも「謙虚」という言葉もつきまとう。
これはどの世界も必要な人間性であるがサッカー選手にも例外ではない。
価値のあるサッカー選手は馬の世界ではサラブレットと同様。そのサラブレットが思い通りに走るかは騎手にもよるが、人間の場合、本人の元々から持つ人間性が大きく左右する。

日本のサッカー選手を目指す若者達、またその選手達をとりまく指導者の人達、サッカーと人間性は既にU12からしっかりと教育して下さいね。既にタレントを持った選手が側にいるかもしれませんよ

今後彼の行動、過去から現在の天国と地獄を育成年代に関わる人達にできるだけリアルに伝えることができれば幸い。作り話はないので
posted by COJBブラジル部門 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラジルサッカー事情
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